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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)154号 判決

アメリカ合衆国カリフォルニア州 95401 サンタ ローサ ノースポイント パークウェイ 2789

原告

オプチカル コーティング ラボラトリー インコーポ レーテッド

代表者

ジョセフ ウォーリー

訴訟代理人弁護士

中村稔

熊倉禎男

同弁理士

宍戸嘉一

村社厚夫

同弁護士

窪田英一郎

同復代理人弁護士

辻居幸一

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

石井勝徳

井上元廣

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成4年審判第9724号事件について、平成5年3月31日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1981年7月20日に米国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和57年7月20日、名称を「高温で使用するに適したオプチカルコーテイング」(後に「高温で使用するに適したオプチカルコーテイング及びそれを使用したもの」と補正)とする発明につき特許出願をした(特願昭57-126607号)が、平成4年1月20日に拒絶査定を受けたので、同年5月25日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第9724号事件として審理したうえ、平成5年3月31日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月12日、原告に送達された。

2  本願特許請求の範囲第1項記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨

高温環境で有用な光学フィルターであって、実質的に透明な支持体と、該支持体の表面に形成され、周囲大気にさらされるオプティカルコーティングからなり、該オプティカルコーティングが主に二酸化シリコンからなる層と、主に五酸化タンタルからなる層を包含し、上記層が予め選択した波長の放射を透過させ、他の波長領域の放射を反射する干渉フィルターを形成するように構成されていることを特徴とするオプティカルフィルター。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前頒布された刊行物である特開昭50-73468号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)及びJ. Vac. Sci. Technol, 18 (3), April 1981 pp1303~1305(以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)に記載されたものから当業者が容易に発明できたものであると認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

なお、審決の理由中、「高温環境下で」との記載(2頁13行、4頁8、11行、5頁12行)は、「高温環境で」の誤記であるので、そのように訂正されたものとする。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

本願発明の要旨の認定、引用例1及び同2の記載事項、本願発明と引用例発明1との相違点の認定は認める。

本願発明と引用例発明1の一致点の認定のうち、引用例発明1の「比較的高温において」が本願発明の「高温環境」に相当し、「両者は、高温環境で有用な光学フィルター」である点で一致するとの認定は争い、その余は認める。

審決は、本願発明と引用例発明1との一致点の認定を誤ったうえ、相違点の判断をするにあたり、引用例発明2の技術内容を誤認したため、本願発明の構成の容易推考性の判断を誤り(取消事由1)、また、本願発明の顕著な効果を看過し(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取消しを免れない。

1  取消事由1(構成の容易推考性の判断の誤り)

審決は、引用例発明1の「比較的高温において」が本願発明の「高温環境」に相当し、「両者は、高温環境で有用な光学フィルター」である点で一致するとして、一致点の認定を誤ったうえ、「オプティカルコーティング(前記第2引用例における多層膜に相当。・・・)が主に二酸化シリコン(SiO2)からなる層と、主に五酸化タンタル(Ta2O5)からなる層を包含し、これが、300℃の温度のもとで製造されることから、高温環境で有用であるものと認められるものは、第2引用例に記載されているように、本願出願前公知であるから、前記第1引用例におけるオプティカルコーティングを前記第2引用例のように主に二酸化シリコンからなる層と、主に五酸化タンタルからなる層を用いて、本願発明のように構成することは、当業者が容易になし得る程度のことと認められる。」(審決書5頁6~19行)と判断したが、誤りである。

(1)  本願特許請求の範囲中の「高温環境で」という用語は、一義的に明確でない用語であるから、その技術的意義は発明の詳細な説明の記載が参酌されるべきである。

本願明細書(甲第4~第6号証)の発明の詳細な説明中の記載中には、「屈折率を異にする2つの材料を使用する干渉フイルター型の、オプチカルコーテイングで形成した薄膜はコーテイング膜が500℃を越える温度の空気に長時間さらされるような高温環境では一般に使用することができない。」(甲第4号証明細書7頁7~11行)、「しかしながら、500℃を概ね越える温度の空気中で働くオプチカルコーテイングをランプの管球部分の表面に形成するような応用を開示しているものはこれら引用特許のうちで一つとして無い。」(同8頁15~19行)、「本発明の目的は低屈折率の材料層と高屈折率の材料層から成る光学的コーテイング膜であって、500℃を越える高温環境に耐え得る薄膜を提供することにある。本発明の他の目的は高温環境に耐えることの可能な多層膜光学干渉フイルターを提供することにある。」(同10頁12~18行)、「本発明の特徴の一つは概ね500℃を越える高温環境で有効な、コーテイングを施された物品にあり」(同12頁6~8行)、「本発明の別の特徴によれば概ね500℃を越える高温環境で有効な物品が提供され」(同13頁14~15行)等の記載も存在している。

これらの記載によれば、本願特許請求の範囲(第1項)の「高温環境で」との用語は、「500℃を超える高温環境で」を意味することは明らかである。

(2)  引用例1には、「比較的高温において十分な耐久性を備えた多層被覆」(審決書3頁10~11行)であって、「多層被覆が主に二酸化シリコンからなる層と、主に二酸化チタンからなる層を包含」(同3頁13~15行)するものが記載されているが、ここに記載された「比較的高温において」とは、「MgF2-ZnSの被覆よりも高温に耐え得るSiO2-TiO2の1/4波長群も多層被覆7にとって申し分ない」(甲第2号証2頁右上欄20行~左下欄2行)との記載からもうかがえるように、SiO2-TiO2が耐えられる程度の「比較的高温」を意味するものであって、これは本願明細書において従来技術として掲げられているものにすぎず、「500℃を超える高温環境で」有用なものの開示ないし示唆はないから、「高温環境で有用な」という点で本願発明と一致するとした審決の認定は誤りである。

(3)  引用例2には、Ta2O5-SiO2からなる光学的多層膜が開示され、かかる多層膜の蒸着に際し、支持体の温度を300℃の状態ですることが開示されていることは認めるが、「どちらの多層光学被膜も、300℃の基板温度で製造し」(甲第3号証1305頁右欄6~7行、訳文4頁20~21行)及び「蒸着は全て、300℃の基板温度で行なった」(同1305頁右欄19~20行、訳文4頁末行)との記載があるように、オプティカルコーティングの製造に当たり、支持体(基板)の温度をどの程度にするかを開示したものにすぎず、そのようにして製造されたオプティカルコーティングが本願発明におけるような500℃を超える高温環境に耐えられるかとは一切関係がないから、引用例2に「高温環境で有用な」光学的多層膜が開示されているということはできない。

被告は、引用例発明2の多層膜と本願発明の多層膜とでは、多層膜の組成、製造に関して特別変わりがあるわけではないので、引用例発明2の多層膜と本願発明の多層膜と区別できないと主張するが、引用例2には、多層膜が「高温環境で」、すなわち500℃を超える温度で有用であるか否かについては、一切開示ないし示唆がない。

また、本願明細書には、蒸着の際の支持体の温度として275℃を採用するとの記載があるが、本願発明の多層膜は、蒸着材料の支持体に対する特定の進入角(甲第4号証29頁14~19行)とか、多層膜を空気中で特定の温度で焼き付けを行うこと(同13頁末行~14頁6行)等の条件で製造される点に特徴があり、蒸着の際の基板温度は本願発明の構成要件ではなく、本願発明の実施に当たって考慮されるべき諸条件の一つにすぎないから、引用例発明2における蒸着の際の基板の温度300℃が本願発明におけるそれと近似していることからだけでは、引用例発明2の多層膜が500℃を超える温度で有用であるとはいえない。

(4)  したがって、たとえ、本願発明と引用例発明2のおけるオプティカルコーティング(多層膜)の構成が、主に二酸化シリコンからなる層と主に五酸化タンタルからなる層で構成され、その点で共通であるとしても、引用例発明1及び2には、いずれも「高温環境で有用な光学フィルター」についての開示がなく、引用例発明1におけるオプティカルコーティング(多層被覆)を引用例発明2の構成を用いて本願発明のように構成することは当業者が容易になし得るものとはいえないから、構成の容易推考性についての審決の判断は誤りである。

2  取消事由2(顕著な効果の看過)

審決は、「本願発明の要旨とする構成によってもたらされる効果も、前記第1引用例及び第2引用例に記載されたものから当業者であれば予測することができる程度のものであって、格別のものとはいえない」(審決書5頁末行~6頁4行)と判断しているが、誤りである。

本願発明は、本願明細書に記載されているように、「低屈折率の材料層と高屈折率の材料層から成る光学的コーテイング膜であつて、500℃を越える高温環境に耐え得る薄膜を提供すること」(甲第4号証10頁12~15行)を目的とするものであり、本願発明の構成をとることにより、オプティカルコーティング膜を500℃を超える高温環境で初めて使用可能にしたという顕著な効果を有する。

一方、引用例発明1は、前記のとおり、SiO2-TiO2が耐えられる程度の「比較的高温」を意味するものであって、本願明細書において従来技術として掲げられているものにすぎない。

引用例発明1と同様のSiO2-TiO2の層からなる多層被膜が500℃程度の高温で劣化するものであるのに対し、本願発明は、500℃を超える高温環境で使用可能であり、引用例発明1のオプティカルコーティングからは予測しえない顕著な効果を奏することは、本願発明の開発に関わったジェームス ディー ランコート及びジョセフ エイチ アプフェル作成の宣言書(甲第7、第8号証)からも明らかである。

また、引用例発明2にも、500℃を超える高温環境で有用なオプティカルコーティングについての開示も示唆もないことは、前記のとおりである。

したがって、本願発明の効果は格別のものとはいえないとした審決の判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  本願明細書の発明の詳細な説明中に、原告引用の記載があることは、認める。

しかし、本願特許請求の範囲第1項には、「高温環境で有用な」との記載しかなく、この「高温環境」が何度以上であるとか、500℃を超えるもののみであるとかいうような限定はされていない。これに対し、本願特許請求の範囲第15、第17、第18項には、「500℃以上」と規定されているのであって、これとの比較においても、本願発明における「高温環境」を500℃を超えるものと解することはできない。

一般技術常識からみても、高温環境が500℃を超える温度のみを意味しているとはいえない。例えば、「高温」という用語を用いて「300℃以上」としているもの(実開昭53-74463号公報、乙第1号証)がある。

したがって、原告の上記主張は失当である。

(2)  引用例発明2のTa2O5-SiO2からなる多層膜は、本願発明のTa2O5-SiO2からなる多層膜と、組成において特別変わりはなく、さらに、本願発明における基板の蒸着温度275℃と比較的近い温度、すなわち、約300℃で製造されている。

原告は、本願発明の多層膜は、蒸着材料の特定の進入角、多層膜の空気中での特定の焼き付け温度等の条件で製造される点に特徴があり、蒸着温度は、そのうちの一条件にすぎない旨主張しているが、本願発明の要旨にはそのような限定はない。

したがって、引用例発明2の多層膜と本願発明の多層膜とでは、多層膜の組成、製造に関して特別変わりがあるわけではないので、引用例発明2の多層膜は本願発明の多層膜と区別され得ないから、「高温環境で有用であると認められるものは、第2引用例に記載されているように、本願出願前公知である」とした審決の判断に誤りはない。

(3)  したがって、本願発明と引用例発明との相違点の判断にあたり、引用例発明1のおける多層被覆(オプティカルコーティング)を引用例発明2の構成を用いて本願発明のように構成することは当業者が容易になし得るものとした審決の判断に誤りはない。

2  取消事由2について

前記のとおり、本願発明の「高温環境」は500℃を超える温度に特定されるものではないから、原告の主張する効果は、本願発明の構成に基づいて得られる効果ではない。

また、引用例発明1及び同2には「高温環境で有用な光学フィルター」が開示されており、引用例発明1におけるオプティカルコーティングを引用例発明2の高温環境で有用な層を用いて構成することによってもたらされる効果は、引用例発明1及び同2から当業者であれば予測できる程度のものであるから、本願発明の効果も格別のものとはいえない。

したがって、審決の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立(甲第7、第8号証については原本の存在及び成立)は、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(構成の容易推考性の判断の誤り)について

(1)  本願特許請求の範囲第1項中の「高温環境で有効な」の技術的議につき、本願明細書(甲第4~第6号証)の発明の詳細な説明中に、原告が引用する各記載があることは、当事者間に争いがない。

原告は、これらの記載から、本願発明の要旨にいう「高温環境で」は、「500℃を超える高温環境で」を意味する旨主張する。

しかし、本願明細書の特許請求の範囲の記載を検討すると、当初の本願明細書(甲第4号証)において、特許請求の範囲第1項には、「概ね500℃を越える高温環境で有効なコーテイングを施された物品であつて、」(同号証明細書1頁5~6行)と記載されていたのが、平成2年12月19日付け手続補正書(甲第6号証)による補正によって、本願発明の要旨に示されるとおり、「高温環境で有用な光学フィルターであって、」(同号証3頁2行)と訂正されたこと、同手続補正書によって同じく補正された特許請求の範囲第15、第17、第18項には、「高温度ランプの管球部のような約500℃以上の温度になる管球部に使用するオプチカルフィルターであって、」(同7頁19行~8頁1行、9頁13~15行、10頁14~16行)と記載されていることが認められる。

これら特許請求の範囲の記載に照らせば、本願発明の「高温環境」が、補正前の「概ね500℃を超える高温環境」と同意義であると到底解することはできず、かえって、「概ね500℃を超える高温環境」のみならず、本願発明の属する技術分野において、当業者が「高温環境」と通常認めている環境を含むものと解すべきものといわなければならない。

そして、実開昭53-4463号の明細書(乙第1号証)には、熱線カット作用をする金属酸化皮膜に保護膜を生成した熱線カット膜の構造に関する考案が記載されており、シールドビーム電球の内面に、このような熱線カット膜を被着させたような場合、「該膜の周囲雰囲気は、フィラメントの焼損を防ぎ長寿命とするため、・・・酸素分圧が約10-5[Torr]以下となり、しかも、フイラメントから発する熱線は、熱線カツト膜によつて反射されるため、電球内を高温にし、電球出力によつて一様ではないが、約300[℃]以上の還元作用の発生する雰囲気になっている。」(同号証明細書3頁8~16行)と記載され、これによれば、約300℃の温度雰囲気が「高温」雰囲気すなわち「高温環境」と認識されていたことが認められる。

また、本願明細書(甲第4~第6号証)によれば、本願発明のオプチカルコーテイングが適用されるものの一例として、溶融石英を材料とする管状包囲体からなるハロゲン再生循環式ランプが挙げられている(甲第4号証明細書17頁17~20行)ところ、引用例1(甲第2号証)には、多層被覆を管状包囲体に設けた白熱ランプに係る発明が記載されており、その「通常のランプ動作中包囲体壁が高温になり、通常包囲体1に対しては溶融石英のような高温ガラスを必要とする。また多層被覆7は、比較的高温において十分な耐久性を備えねばならない。MgF2-ZnSの1/4波長群が多層被覆7にとつて満足すべき結果を与えることが分つた。MgF2-ZnSの被覆よりも高温に耐え得るSiO2-TiO2の1/4波長群も多層被覆7にとつて申し分ない。」(同号証2頁右上欄14行~左下欄2行)との記載によれば、引用例1においては、包囲体の材料として溶融石英のような高温ガラスを必要とする温度を「高温」と認識していることが明らかである。

そして、本願明細書の「本発明の原理はオプチカルコーテイングが有用であると認められた環境であればどんな高温環境にも適用可能であると解すべきである」(甲第4号証明細書17頁14~17行)との記載が示すように、本願発明のオプチカルコーテイングは、原告主張のように「概ね500℃を超える高温環境で有効な」ものであるとしても、これよりも温度環境が過酷でない同温度以下の高温環境において有効でないといえないことは明らかである。

以上の事実によれば、前示補正後の本願特許請求の範囲第1項の「高温環境で有効な」の技術的意義を、原告主張のように同補正前の「概ね500℃を超える高温環境で有効な」と同じ意味に限定して解すべき理由はないといわなければならない。

したがって、本願発明と引用例発明1とが、「高温環境で有効な光学フィルター」である点で一致するとした審決の認定に誤りはない。

(2)  本願発明と引用例発明1との相違点が、審決認定のとおり、オプティカルコーティングが、本願発明においては、「主に二酸化シリコンからなる層と、主に五酸化タンタルからなる層」であるのに対し、引用例発明1においては、「主に二酸化シリコンからなる層と、主に二酸化チタンからなる層」である点にあること(審決書4頁19行~5頁4行)、引用例発明2における多層膜(オプティカルコーティング)が、本願発明と同じく「主に二酸化シリコンからなる層と、主に五酸化タンタルからなる層」で構成されていること(同5頁6~11行)は、当事者間に争いがない。

そうすると、引用例発明1の多層被覆に替えて、引用例発明2の多層膜を用いて、本願発明の構成とすることは、当業者が容易になしうる程度のことといわなければならない。

原告は、引用例2には「概ね500℃を超える高温環境で有用」であることについて直接の記載や開示ないし示唆がない旨を主張するが、本願発明の「高温環境で有用な」の意義を原告主張のように限定的に解することができないことは前示のとおりであるうえ、引用例発明2の多層膜の構成は、本願発明の多層膜と同じ構成を有するのであるから、本願発明の多層膜が「高温環境で有用な」ものであれば、引用例発明2の多層膜も高温環境で有用な場合が当然にありうるのであって、これを否定することはできないというべきである。

この点につき、原告は、引用例発明2において多層膜を蒸着する際の基板温度が、本願発明の実施例において採用されている275℃と比較的近い約300℃であることを認めながら、この蒸着の際の基板温度は本願発明の構成要件ではなく、本願発明の多層膜が「概ね500℃を超える高温環境で有用」であるのは、蒸着材料の支持体に対する特定の進入角や多層膜を空気中で特定の温度で焼き付けを行うこと等の条件で製造される点に特徴があると主張する。しかし、この蒸着の際の基板温度が、原告主張のように、本願発明の要旨に示される構成ではなく、本願発明の実施に当たって考慮されるべき諸条件の一つにすぎないのと同様に、上記原告の主張する製造条件も本願発明の要旨に示される構成ではないことは明らかであるから、このことをもって、引用例発明2の多層膜が本願発明の多層膜と「高温環境で有用な」点において、差異があるということはできない。

したがって、原告の上記主張は上記説示を覆すに足りるものではなく、その他原告の主張するところは、上記説示に照らし、いずれも採用できないものといわなければならない。

原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(本願発明の顕著な効果の看過)について

前示のとおり、本願発明の「高温環境で有効な」は「概ね500℃を超える温度環境で有効な」に限定されるものではなく、また、引用例発明1に「比較的高温において十分な耐久性を備えた多層被覆」が開示され、引用例発明2に本願発明のものと同一の構成の多層膜が開示きれていて、本願発明と同様な高温環境で有用である点において差異があるとは認められないのであるから、本願発明の効果は、引用例発明1及び同2から当業者であれば当然に予測できる程度のものであることは明らかである。原告が援用するジェームス ディー ランコート及びジョセフ エイチ アプフェル作成の宣言書(甲第7、第8号証)も、上記認定を左右するに足りるものではない。

原告主張の取消事由2は理由がない。

3  以上によれば、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、他に審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

平成4年審判第9724号

審決

アメリカ合衆国 カリフォルニア州 95401 サンタ ローサノースポイント パークウェイ 2789

請求人 オプチカル コーティング ラボラトリー インコーポレーテツド

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 中村稔

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 大塚文昭

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 宍戸嘉一

昭和57年特許願第126607号「高温で使用するに適したオプチカルコーテイング及びそれを使用したもの」拒絶査定に対する審判事件(昭和58年4月19日出願公開、特開昭58-65403)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1、 手続の経緯・本願発明の要旨

本願発明は、昭和57年7月20日(優先権主張1981年7月20日)の出願であって、その発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項、第9項、第14項、第15項、第16項、第17項及び第18項に記載された「高温で使用するに適したオプチカルコーテイング及びそれを使用したもの」にあるものと認められるところ、その第1項に記載された発明(以下「第1発明」という)は、次のとおりのものであると認める。

「高温環境下で有用な光学フィルターであって、実質的に透明な支持体と、該支持体の表面に形成され、周囲大気にさらされるオプティカルコーティングからなり、該オプティカルコーティングが主に二酸化シリコンからなる層と、主に五酸化タンタルからなる層を包含し、上記層が予め選択した波長の放射を透過させ、他の波長領域の放射を反射する干渉フィルターを形成するように構成されていることを特徴とするオプティカルフィルター。」なお、特許請求の範囲第1項には、「構成れている」と記載されているが、これは、「構成されている」の誤記と認め、本願発明の要旨を上記のように認定した。

2、 引用例

これに対して原査定の拒絶の理由に引用した特開昭50-73468号公報(昭和50年6月17日出願公開。以下、第1引用例という。)には、「比較的高温において十分な耐久性を備えた多層被覆であって、管状ガラス包囲体と、該管状ガラス包囲体の表面に形成され、周囲大気にさらされる多層被覆からなり、該多層被覆が主に二酸化シリコンからなる層と、主に二酸化チタンからなる層を包含し、上記層が予め選択した波長の放射を透過させ、他の波長領域の放射を反射する干渉フィルターを形成する被覆。」が、記載されており、同じく引用したJ. Vac. Sci. Technol, 18 (3), April 1981pp1303~1305(昭和56年4月、以下、第2引用例という。)には、「Ta2O5-SiO2からなる光学的多層膜であって、300℃の温度のもとで製造されるもの。」が、記載されている。

3、 対比

そこで、本願発明と前記第1引用例に記載されたものとを対比すると、前記第1引用例における「比較的高温において」「多層被覆」、「層管状ガラス包囲体」、「多層被覆」、「被覆」は、それぞれ本願発明における「高温環境下」、「光学フィルター」、「実質的に透明な支持体」、「オプティカルコーティング」、「オプティカルフィルター」に相当するから、両者は、高温環境下で有用な光学フィルターであって、実質的に透明な支持体と、該支持体の表面に形成され、周囲大気にさらされるオプティカルコーティングからなり、該オプティカルコーティングが予め選択した波長の放射を透過させ、他の波長領域の放射を反射する干渉フィルターを形成するオプティカルフィルターである点で一致し、以下の点で相違する。

相違点;本願発明においては、オプティカルコーティングが、「主に二酸化シリコンからなる層と、主に五酸化タンタルからなる層」であるのに対し、前記1引用例のものにおいては、「主に二酸化シリコンからなる層と、主に二酸化チタンからなる層」である点。

4、 当審における判断

上記相違点について検討すると、オプティヵルコーティング(前記第2引用例における多層膜に相当。以下、括弧内の記載は、第2引用例のものを指す。)が主に二酸化シリコン(SiO2)からなる層と、主に五酸化タンタル(Ta2O5)からなる層を包含し、これが300℃の温度のもとで製造されることから、高温環境下で有用であるものと認められるものは、第2引用例に記載されているように、本願出願前公知であるから、前記第1引用例におけるオプティカルコーティングを前記第2引用例のように主に二酸化シリコンからなる層と、主に五酸化タンタルからなる層をいて、本願発明のように構成することは、当業者が容易になし得る程度のことと認められる。

そして、本願発明の要旨とする構成によってもたらされる効果も、前記第1引用例及び第2引用例に記載されたものから当業者であれば予測することができる程度のものであって、格別のものとはいえない。

5、 むすび

以上のとおりであるから、本願発明は、前記第1引用例及び第2引用例に記載されたものから当業者が容易に発明できたものであると認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年3月31日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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